名古屋高等裁判所 昭和32年(ネ)501号 判決 1960年7月30日
控訴人 丹沢喜久男 外一名
被控訴人 浅井さだ 外二名
主文
原判決を左のとおり変更する。
控訴人丹沢喜久男は被控訴人等に対し、別紙目録第一及び第二記載の各不動産につき、名古屋法務局広路出張所昭和二十九年八月二十七日受附第一五八九一号をもつてなした同日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を、別紙目録第四記載のように更正登記手続をせよ。
控訴人十条商事株式会社は被控訴人等に対し、別紙目録第三記載の各不動産につき、名古屋法務局広路出張所昭和二十九年十二月二十八日受附第二三八六三号をもつてなした同月二十七日付売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を、別紙目録第四記載のように更正登記手続をせよ。
被控訴人等のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人等、その余を控訴人等の各負担とする。
事実
控訴人両名代理人は「原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張並に証拠の提出援用及び書証の認否は、左記のように附加又は訂正する外、原判決の事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。
(被控訴代理人の主張)
訴外吉野さか江が、さか江の夫である訴外吉野為三に対し、控訴人両名との間の売買予約につき同意を与えたのは、同訴外人の強迫にもとづくものであるから、昭和三十五年四月十九日これが取消の意思表示をした。従つて、吉野さか江の契約上の義務あることを前提とする、控訴人等の主張は失当である。
(控訴人両名代理人の主張)
一、被控訴人の前記主張事実を否認する。
二、原判決の見解に従えば、控訴人等の仮登記は抹消され、次いで、被控訴人等及び訴外吉野さか江の相続を原因とする共有登記がなされることゝなる。然し、そのような場合、被控訴人等及び吉野さか江が相謀つて本訴物件を第三者に譲渡したとすれば、控訴人等が吉野さか江の共有持分の上に存する仮登記上の権利は喪失せしめられ、不測の損害を被ることとなる。本件において、控訴人等が仮登記を得たのは吉野さか江の同意のもとに為されたのであり、従つて、少くともさか江の共有持分に対する関係では、控訴人等の仮登記は正当に取得されたものである。本訴において、被控訴人勝訴の判決があれば、控訴人等の仮登記上の権利はなくなり、是認しがたい結果を生ずることを免れない。
(双方代理人の立証)
被控訴代理人は、甲第二号証を提出し、当審証人吉野為三の証言を援用し、乙第一号証及び丙第一号証中登記官吏作成部分の成立を認め、その他は不知、乙第三ないし第五号証の各二のうち区長作成部分の成立を認め、その他は否認。なお乙第三ないし第五号証の各一の印影は偽造であるから否認、乙第六号証は原審で成立を認めたが、これを訂正し不知と述べた。
控訴人丹沢代理人は、当審証人吉野さか江の証言を援用し、甲第二号証の成立を認め、なお乙第六号証の認否の訂正につき異議があると述べた。
理由
別紙目録第一ないし第三記載の不動産(以下本件不動産という)がもと訴外亡浅井吉次郎の所有であつたこと、同人が昭和二十七年五月十一日死亡したこと、被控訴人等及び訴外吉野さか江の四名は右浅井吉次郎の共同相続人であること、本件不動産について控訴人等のためにそれぞれ被控訴人等主張の如き内容の仮登記がなされていることは、いずれも当事者間に争なきところである。したがつて、以上の事実関係によれば、被控訴人等及び訴外吉野さか江は、特段の事情なき限り、右浅井吉次郎の共同相続人(その相続分は、被控訴人さだが三分の一、同貴美代、同はつ子及び訴外さか江が各九分の二であること、成立に争のない甲第一号証に徴して明かである)として、本件不動産の権利を共同承継したものと云わなければならない。
ところで、控訴人等はまず、被控訴人等三名はいずれもその相続を抛棄したから、本件不動産は訴外吉野さか江の単独相続するところとなつたと主張するから、この点を検討するに、控訴人等の援用するところの乙第三号証ないし第五号証の各一は、いずれも訴外さか江の夫訴外吉野為三がなんらの権限なくほしいまゝに被控訴人等の名義を冒用して作成した偽造文書であり(右為三は、これらを用いて本件不動産につき訴外さか江のため単独相続の登記手続をした)、しかも右書類はいずれも所轄家庭裁判所に提出されたことなく、その他制規の申述の行われた事実のないことは、原審における証人吉野為三、同平出茂、被控訴人さだ、同貴美代、同はつ子及び原審相被告さか江の各供述によつて明白であるから、被控訴人等が相続を抛棄したとの控訴人等の主張は採用しがたい。
つぎに控訴人等は、被控訴人等三名はいずれも相続分を有しないから、やはり訴外さか江の単独相続であつたと主張するけれども、原審における被控訴人さだ、同貴美代、同はつ子の各供述によると、被控訴人さだは亡吉次郎の生前同人より生計の資本として財産の贈与を受けたことがないこと、又被控訴人はつ子は訴外大河内某と婚姻するに際して殆ど自ら働いて得た収益でその仕度を調えたこと、並に被控訴人貴美代も亦その婚姻に際し亡吉次郎より取立てゝいう程の金額の仕度をして貰わなかつたことが窺われるから、(右認定を左右する証拠はない)、被控訴人等に相続分がないという控訴人等の主張も亦採用できない。
しからば、本件不動産は、被控訴人等及び訴外さか江の四名が共同相続によつて承継し、その共有に属するものであり、その共有持分は、前記各相続分に対応して、被控訴人さだは三分の一、その他の被控訴人及び訴外さか江は各九分の二であるといわねばならない。ところで控訴人等は、被控訴人等及び訴外さか江は、訴外吉野為三に対し、それぞれ本件不動産の処分を一任し、本件売買の予約をなさしめたと主張するので、以下この点について考察する。被控訴人等が右吉野為三に対し、右不動産の処分権限を与えたことについては、控訴人等の全立証によつてもこれを認むべき資料は存せず、控訴人等の主張はとうてい是認しがたい。たゞ、原審並に当審における証人吉野為三及び原審相被告(当審では証人)吉野さか江の各供述と成立に争のない乙第六号証によれば、右為三は、初めほしいままに本件不動産を担保として控訴人等から金融を受けようと企て、その担保の意味で本件不動産について控訴人等との間に売買予約を締結したのであるが、その際、前述のように訴外さか江のための単独相続登記がしてあつた関係上、さか江の名義を用いて右予約をなしたものであつて、当初これにつきさか江の同意を得ていなかつたのであるが、その後、さか江から右金銭借入及び売買予約について同意を得たことが窺えるのである。(以上の認定をくつがえすに足る証拠はない)。被控訴人等は、さか江が為三に対し右の同意を与えたのは、同人の強迫にもとづくから、取消すと主張するが、右のような強迫の事実はこれを認むべきなんの証拠がない。従つて、訴外さか江が訴外為三に対し、本件不動産の処分に関しなんらの権限も与えていないという、控訴人等の主張は首肯しがたい。
してみると、訴外吉野為三は、実体上被控訴人等と訴外さか江の共有に属する本件不動産を、単にさか江の同意を得たのみで、被控訴人等三名の同意を経ることなく、控訴人等との間に控訴人等主張の売買予約を締結したことに帰するから、被控訴人等の本件不動産に関する持分については、右売買予約は被控訴人等に対し効力を及ぼさないものと云わなければならない。従つて、控訴人等が本件不動産の全体について、その主張の如き売買予約上の権利を取得したとなし、右不動産に関し、冒頭掲記の如き所有権移転請求権保全の仮登記を経由したことは、もとより不当であつて、被控訴人等のためこれを是正すべき必要あるこというまでもない。
ところで、被控訴人等は本訴において、右所有権移転請求権保全仮登記の全体について抹消を請求しているが、前段説明のように、訴外吉野為三のなした売買予約は、少くとも訴外さか江の持分に関する限りは同人の同意を得ていると解し得られるのであつて、右さか江の共有持分についてまで、右売買予約上の権利に関する仮登記を抹消することは、一面不必要のことでもあり、他面控訴人等の権利を害する恐れがある故、これを容認し難いといわねばならぬ。蓋しもしさか江の持分に関する仮登記まで同時に抹消してしまうときは、後日控訴人等よりさか江に対し改めて控訴人等のための仮登記を求めた際、その間さか江において不法にこれを第三者に処分していたときは、控訴人等は右持分上の権利につき対抗力を失い、売買予約上の地位に関し不測の損害を受けることを免れぬからである。
右のような訳で、被控訴人等の本訴請求は、被控訴人等三名の共有持分に関する仮登記の抹消を求める範囲において正当でありこれを是認すべきも、それ以上進んで、訴外さか江の持分をも含めた本件不動産全体について仮登記の抹消を求めることは、失当であつて是認しがたいと称せねばならない。
よつて、叙上の趣旨にもとづき控訴人両名に対しては、被控訴人等の共有持分に関する仮登記の部分を抹消する意味において、更正登記手続を命ずることを相当と認め、被控訴人等の本訴請求を右の限度において認容することゝし、その余を失当として棄却すべきものとする。
したがつて、右の点に関し当裁判所と所見を異にする原判決は維持しがたいから、これを主文掲記の如く変更することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条第九十三条を適用して、主文のように判決する。
(裁判官 山口正夫 吉田彰 外池泰治)
目録
第一、
名古屋市昭和区南分町五丁目十六番
一、宅地 二百三坪五合四勺
第二、
名古屋市昭和区南分町五丁目十六番
家屋番号第八番
一、木造瓦葺平家建居宅建坪二十三坪八合
一、木造瓦葺平家建居宅建坪四坪
一、木造瓦葺平家建物置建坪四坪
一、木造瓦葺平家建鶏舎建坪四坪二合
一、木造瓦葺平家建鶏舎建坪四十九坪二合
第三、
名古屋市昭和区南分町四丁目四十四番
一、畑 一畝十六歩
第四、
更正後の仮登記
一、目録第一及び第二の不動産につき吉野さか江が有する持分九分の二について、左記の権利者に対する昭和二十九年八月二十七日付売買予約による所有権移転請求権保全のための仮登記
名古屋市千種区穂波町一丁目四十六番地
権利者 丹沢喜久男
二、目録第三の不動産につき吉野さか江の有する持分九分の二について、左記の権利者に対する昭和二十九年十二月二十七日付売買予約による所有権移転請求権保全のための仮登記
名古屋市中区日出町七十二番地
権利者 十条商事株式会社